5月8日 吉野ヶ里遺跡で、弥生人の世界に浸るの巻 ②


次に、「南のムラ」を見学。

このあたりは「南集落」で、当時200人ほどが生活していたらしい。


「北集落」が支配者層の居住エリアで、ここ「南集落」は、食料や衣服を生産し、支配者層を食わせていた階層の居住エリアだと考えられている。

当時から階層社会は出現していたようだ。


実際の遺跡(集落跡)は、我々の足の下に埋まっている。

発掘調査ののち、遺跡を保護するため、このように再度土で埋められ、そのあとに集落の竪穴式住居などを再現したわけだ。


ここは、庶民が暮らすムラで、農耕生活を送りながら、生活に必要な道具を作っていたという。





次に向かったのは、「倉と市」のエリア。


倉を守るための武具は、ヨーロッパ風?



次は、隣にある塀で囲まれた「南内郭」へ。


物見櫓から撮った写真は、まるでジオラマのよう。

キャンピングカーで日本一周

キャンピングカーで日本一周の旅に出ています。夫婦二人、各地の歴史や文化、暮らし方を学びながら旅しています。

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