2019.05.30 19:395月26日 長野県豊丘村→飯田市[飯田市街地散策(川本喜八郎人形美術館)] →遠山郷(54km) ここ、道の駅「とよおか マルシェ」は、地元のスーパーとバス停を併設した地域密着型の道の駅。利用客は、観光客よりも地元の方が多いように見受けられる。ということで、⭐️おすすめの道の駅認定⭐️ 道の駅「とよおか マルシェ」
2019.05.23 23:585月15日 山梨県甲斐市〜ミスティック社でキャンピングカーの修理5月に入り暖かくなりつつあるので、九州から途中を飛ばして、長野県まで再度北上し、そこから北陸・山陰と南下することにした。振り子のように南北を行ったり来たりしているので、移動距離は増えて効率は悪いけれど、「暑い時期に北を、寒い時期は南に」の方針なので、このまま行くと東海・関東地方が最後になる。大まかに言うと、関東での慣らし走行→北海道→東北→新潟→山梨→(大移動)→沖縄→九州→(大移動)→山梨(今ココ)→長野→北陸→山陰→九州残り→山陽→四国→近畿→中部→東海→関東といった流れ。まだまだ、先は長い。
2019.05.22 17:005月9、10日 佐賀市 → 鹿島市[干潟交流館]→ 佐賀市昨日から、鹿島市に来ている。鹿島市といっても、「鹿島神宮」のある茨城県鹿嶋市ではない。 ここは有明海沿いに位置する、干潟で有名なエリアである。
2019.05.22 16:055月8日 吉野ヶ里遺跡で、弥生人の世界に浸るの巻 ④「北墳丘墓」は、内部を見学することができる。中国・西安で見た「兵馬俑」の遺跡を彷彿とさせるような屋内展示となっている。
2019.05.22 15:295月8日 吉野ヶ里遺跡で、弥生人の世界に浸るの巻 ②次に、「南のムラ」を見学。このあたりは「南集落」で、当時200人ほどが生活していたらしい。「北集落」が支配者層の居住エリアで、ここ「南集落」は、食料や衣服を生産し、支配者層を食わせていた階層の居住エリアだと考えられている。当時から階層社会は出現していたようだ。実際の遺跡(集落跡)は、我々の足の下に埋まっている。発掘調査ののち、遺跡を保護するため、このように再度土で埋められ、そのあとに集落の竪穴式住居などを再現したわけだ。ここは、庶民が暮らすムラで、農耕生活を送りながら、生活に必要な道具を作っていたという。
2019.05.22 08:345月8日 吉野ヶ里遺跡で、弥生人の世界に浸るの巻 ①今日は、「吉野ヶ里歴史公園」を散策する。ここは、1986年からの発掘調査により発見された「吉野ヶ里遺跡」が、歴史公園として一般公開されている施設だ。日本の弥生時代は、紀元前5世紀頃から紀元後3世紀頃の間の、約700年を指す。吉野ヶ里遺跡は、その全期間にわたっての遺物が発見された遺跡として、日本で唯一とされる。歴史公園はとにかく広い。
2019.05.21 10:585月7日 唐津市[呼子の朝市]→佐賀市[佐賀城本丸歴史館](99km)GW明けの初日の朝、今日も晴天である。これから佐賀市方面に移動する予定だが、ちょっとその前に、「呼子の朝市」に行くことに。唐津に来てから、このポスターが、ずっと気になっていた。
2019.05.21 06:345月6日 唐津市 〜朝鮮出兵の拠点・名護屋城跡周辺をトレッキングするの巻〜早朝、唐津市街から北の端の鎮西地区に入り、道の駅「桃山天下市」に車を停める。ここは、向かいにコンビニとスーパーまであり、ゴミ箱完備。キャンパーに優しい道の駅。⭐️おすすめの道の駅認定⭐️ 道の駅「桃山天下市」
2019.05.19 08:015月5日 唐津市[唐津くんち・祝賀奉曳を見学するの巻](20km)今日は、伊万里市の隣・唐津市で、令和元年の特別イベント「唐津くんちの曳山の特別巡行『祝賀奉曳(ほうびき)』」が行われる日。14台の曳山が、唐津くんちの本番(11月)と同じコースで巡行するという。唐津くんちとは、毎年11月2日〜4日にかけて行われる、唐津神社の秋季例大祭のこと。笛、鐘、太鼓で奏でられる三ッ囃子や、曳子の「エンヤ、エンヤ」「ヨイサ、ヨイサ」の掛け声に乗って、14台の豪華絢爛な曳山が勇壮に旧城下町を巡行するという。曳山は、和紙や漆、金箔などで仕上げられた世界最大級の乾漆造の美術工芸品といわれ、獅子、兜、亀や鯛など様々な形をしており、佐賀県の重要有形民俗文化財に。唐津くんちの曳山は、国の重要無形民俗文化財に指定され、2016年にはユネスコ無形文...
2019.05.19 00:095月3日 伊万里市散策②[街ブラでオブジェ鑑賞の巻](37km)伊万里には、窯元を訪ねる以外にも、伊万里の街ブラという楽しみ方があるという。街の要所要所に、伊万里焼のオブジェが飾られているのだ。さっそく、手に入れた地図を片手に街を散策することに。